鎌倉探訪
2003年7月4日
松尾剛次先生をお迎えして、「中世都市鎌倉を訪ねる」というツアーに参加した。
集合場所は、学士会館前、東京駅、鎌倉駅の中から都合のよい場所を選べばよいので、私は鎌倉駅を選択した。
松尾先生は東京大学文学部のご出身で、現在は山形大学教授。ご専門は日本中世史・宗教社会学で、「中世都市鎌倉を行く」など多くの著書をご出版されておられます。写真をクリックすると大きな写真をご覧になることができます。
鎌倉駅周辺
源氏の将軍が3代実朝で絶え、北条氏が執権として政治の中心となった。3代執権康時は源氏3代の怨霊の残った大倉御所から宇都宮辻子御所に移転した。宇都宮辻子御所は、今は跡形もないが、あったと思われるところの少し北側に、宇都宮稲荷大明神が勧請されて今に残っている。
寿福寺は、源義朝の屋敷跡に栄西によって建てられた寺で、鎌倉五山の三位に位置する。寺域には「やぐら」といわれる横穴式墳墓があり、北条政子・源実朝の「やぐら」がある。
左は北条政子、右は源実朝の墳墓である。
浄光明寺は1251年北条長時によって建立された。十六夜日記で有名な阿仏尼が住んでいたこともある。後、成良親王の祈祷所になったこともある。1335年新田義貞が鎌倉を攻めたとき、足利尊氏がこの寺に引きこもったこともある。
奥に立派な中世のゆかりのものが残っている。住職のご好意で拝見の栄に浴したが、写真は厳禁ということで撮影は遠慮した。
冷泉為相の墓もあるが、かなり遠いことと年配の方の多いツアーなので省略した。ご覧になりたい方は浄光明寺のサイトでご覧ください。
もともとは北条重時の持仏堂から発展した念仏系の寺であったが、1264年、忍性によって律宗寺院となった。忍性は病者の救済をはじめとする民衆救済を積極的に行い、生身の菩薩として尊敬を集めた。特にハンセン病患者の救済活動は特筆すべきものがあった。
極楽寺の周辺にも見るべきものは多い。すぐ近くに上杉憲方の墓が現存する。
これらのお寺を松尾教授の解説つきで見学し、無事このツアーは終了した。